【書評】エンジニアリング組織論への招待~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング

Twitterで話題になっていた「エンジニアリング組織論への招待」を読んだ。

gihyo.jp

 

<どんな本か>

プロジェクトの炎上やアジャイルの失敗、経営者とエンジニアの認識の食い違いなど、エンジニアリングを取り巻く環境には日々様々な問題が生じている。本書はそれらの問題が「わからないこと」すなわち「不確実性」に対する不安を根源とするものであると考え、未来と他人に対する不確実性とどのように向き合うのかを突き詰めていくものである。

 

不確実性との向き合い方を突き詰めていく上で、本書では2つのキーワードが頻繁に登場する。それが「情報の非対称性」と「限定合理性」の2つだ。

「情報の非対称性」とは、同じ目的を持った集団で、何かの情報を片方の人が知っていて、もう片方の人が知らないという状態である。例えば上司が把握している情報を部下は知らない状態や、現場が把握している情報を経営陣は把握していない状態などである。

また「限定合理性」は、ある人にとっての個人的に最適な戦略が、全体にとって最適であるとは限らないことである。例えば受託開発において、品質と見積もりを検収する能力がないが納期に厳しい発注者と、稼働時間に応じて料金が決定される受注者を考える。このとき受注者側には、品質を犠牲にしてでも納期を守るインセンティブや、見積もり期間を長く伝えるインセンティブがはたらく。結果として高い料金と長い時間、品質の低いソフトウェアを発注者は受け取ることになる。

本書では、これら2つのキーワード「情報の非対称性」と「限定合理性」を切り口として、円滑なコミュニケーションを促し、冒頭で上げたような問題と向き合うためにはどうしたらよいかを模索する。第2章ではメンタリングの技術の紹介を通じて1:1の人間関係のあり方について、また第3章、第4章ではアジャイルなチームの原理や不確実性マネジメントの紹介を通じて、チームやプロダクトの単位で不確実性を減少させるためにはどうしたらよいかを考えている。

 

本書を最も本書たらしめる点は、不確実性との向き合い方を突き詰めていく上で、組織の構造を適切にデザインする必要を説いている点であろう。

第5章では「ソフトウェア開発上の問題の多くは、技術的というより社会学的なものである」というトム・デマルコの言葉を引用しつつ、組織設計とソフトウェアのアーキテクチャが本質的に似ていることを指摘する。これは、より良いアーキテクチャで品質の高いコードを書くには、権限移譲が適切になされたより良い組織設計が必要となることを示唆している。したがって積極的な組織設計やコミュニケーション設計を行うことで、アーキテクチャをより良いものに変えていく「逆コンウェイ作戦」が成立するのだという。

 

<感想>

エンジニアを取り巻く環境で生じる様々な問題は、ともすれば「コミュニケーションの問題」と単純化され終わりにされてしまいがちである。それをもっと深堀し、情報の非対称性と限定合理性、それらを引き起こす組織構造のデザインにスポットを当てているのは面白いし、非常に納得感があった。

多重請負構造の中で働く一エンジニアとしては、情報の非対称性と限定合理性に関する指摘はまさにその通りといった感じで、現実の職場で発生する事象をよく説明してくれる。

エンジニアはもちろん、社内でITを担う部署を持つ企業に勤める人(特に権限が強い人)にはぜひ読んでほしい書籍。